ベスの青いアサガオ 第8話
「ベスの青いアサガオ」は虐待された犬たち、または保護犬たちが一匹でも幸せになってくれたら、という想いを込めて創作しました。
こんにちは。
秋田犬と暮らして23年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。
今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
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【 第8話 】
どこにいるんだろう。
ボクは家の前を行ったり来たりしながら、いろんな角度から家の周りを眺めて見たけれど、どこにもベスの姿はなかった。
ボクがベスを連れに来ることを見こして、おじさんが玄関の中にでも閉じこめてしまったのだろうか。
ベスの顔を一目見たら帰ろうと思っていたボクは、帰るに帰れなくなってしまった。
しばらく家の前にたたずみ、家の中の様子をじっとうかがって見たけれど、家の中はひっそりと静まり返り、物音一つしなかった。
ボクは悩んだ。
玄関のチャイムを鳴らして、堂々とおじさんにベスの様子を聞こうか。
けれど、おじさんの「犬泥棒」と言う言葉が頭の中でこだまして、なかなか勇気を出すことが出来なかった。
ベスの写真が貼ってある電柱の根元に座りこみ、ボクはただ無駄に時間が流れて行くのを感じた。
その時、頭の中に良くない考えが浮かび上がってきた。
ベスは家の中で殴られ、もう既に叫び声も上げられないくらいに弱っているのかもしれない。
いつまでもこんな所に座り込んでいる場合じゃない。
ボクは立ち上がり、思いきってチャイムを鳴らした。
けれど、何の返事もない。
もう一度チャイムを鳴らそうとしたその時、背後に大きな男の人の気配を感じた。
おじさんだった。
おじさんはまたお酒を飲んで来たのか、夕方会った時よりも更に酒臭かった。
「ベスは元気ですか?」
ボクは勇気を奮い起こして尋ねてみた。
「ベス? ああ、チビのことか。」
おじさんはふらふらとした足取りで玄関の前に立ち、鍵を差し込みながら言った。
「さあね?」
「さあねって……。どういうこと?! また殴ったんですか!」
おじさんは答えない。
鍵を開けてドアを開いた。
「お願いです! ベスをボクにください。絶対大事にしますから。」
ボクは思いきって頼んだ。
「勝手にしな。」
おじさんは家の中に入ると、捨て台詞のようにそれだけ言ってドアを閉めようとした。
おじさんに逃げられないように、ボクは急いでドアの隙間に入りこんだ。
「じゃあ、ボクがもらっていいんですね! ベスはどこにいるんです?」
ベスが今度こそ本当にボクの犬になる。
ボクは興奮を抑えきれず、早くベスに会いたいという気持ちで焦った。
「ベスはどこなんですか?」
「さあね?」
おじさんは、またあの独特の、人を小馬鹿にしたようなうすら笑いを浮かべた。
「あのバカ犬! 今まで育ててやった恩を忘れて逃げ出しやがった。」
「えっ!」
ボクはショックで身体が硬くなってくるのを感じた。
これで全て上手くいくと喜んだのに、崖からつき落とされたような気分だった。
「またひどい事をしたの!」
「なあに、チビは慣れっこさ。」
おじさんは目を大きく見開き、とぼけた表情で言った。
「足の一本も折れてりゃあ、そう遠くにも逃げられないだろうよ。」
おじさんは何がおかしいのか、大笑いしながらその場にドスンと寝転ぶと、そのまま大きないびきをかきながら眠ってしまった。
これ以上ここにいても無駄なことは明らかだった。
ボクは玄関から飛び出すと自転車にまたがり、当てもなく町中を走り回った。
それから夜が明けるまでのとてつもなく長い時間を、ボクは一生忘れることがないだろう。
可哀想なベスを探し回った一晩を。
ベスがいったいどんな状態で、どこをうろついているのか、ボクには見当がつかなかった。
ボクは、「足が折れている」と言ったおじさんの強烈な言葉に取り憑かれ、まず最初におじさんの家の近辺を探してみた。
垣根の隙間、電柱の後ろ、車の陰など、手当たり次第にベスの名を呼びながら覗いて見たけれど、ベスはどこにもいなかった。
次に、ボクは一縷の望みを託し、おじさんの家からボクの家までの道をたどって見ることにした。
ベスがボクのことを少しでも頼りに思っていてくれるのであれば、ボクの家に帰って来ることも十分考えられた。
けれど心配なのは、その道のりをベスはたったの二回しか歩いたことがないということだ。
果たして憶えているかどうか。
この道を歩いた二回。
初めて会った朝、ボクに付いて来た時と、今日おじさんに引きずられて行った時の二回。
そのどちらの時も、ベスは身体中に恐怖と不安を抱えていた。
けれど、ボクの家でベスは生まれ変わった。
初めて散歩に行った時のベスの生き生きと喜びに満ちた表情。
身体を拭いてやる時の甘えたしぐさ。
アサガオの花を見つめる純粋な輝きの瞳。
ボクはベスを見つけられないもどかしさに苛立ち、気持ちばかりが焦った。
ベスを見つけられずに家まで行き着くと、次は散歩の時に歩いたコースをたどった。
川沿いの遊歩道から公園へ。
そして橋を渡り、また家へと戻った。
そこから、またおじさんの家へと向かい、その近所を何度も回る。
何かにつかれたように探し回っているうちに、ボクは自分の無力さに打ちのめされそうになった。
ただ名前を呼びながら歩き回っているだけで、いっこうにベスを見つけ出せない。
ベスはどこかで血まみれになって苦しんでいるかもしれないのに。
ボクはベスに水を飲ませた公園の水飲み場で顔を洗い、ベンチに腰掛けた。
空を見上げると満月だった。
ベスは今苦しんでいるのかもしれない。
ベスを見つけられない悔しさ、そして、もう二度とベスに会うことは出来ないのかもしれないという恐怖にボクは泣いた。
次回に続きます。
水道からの直飲みが幼少期は好きでした!
流れ出る水に興味津々でしたが、今では水を出しても無反応です(笑)。
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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