ネコクイを追いかけろ! 第9話
「ネコクイを追いかけろ!」は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島で夏休みを過ごすことになった少年の成長物語です。
こんにちは。
秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。
今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
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【 第9話 】
俊一の横に自転車を滑り込ませると、その腕には子ネコが二匹抱きかかえられていた。
額の汗を拭いながら、息も絶え絶えに呟くように聞いた。
「ネコクイは?」
「オレたちからは逃げられないって思ったんじゃねぇかな。
子ネコを置いて行っちまった。」
俊一によると、ネコクイは花屋の前で急に減速したかと思うと、自転車にまたがったまま店屋の前にあった空のバケツの中に子ネコを入れて走り去ったと言うのだ。
「こうすけ、それよりどうしたんだ、その顔!」
どうやらボクの顔は汗と血でものすごいことになっているらしい。
「顔洗ってきたほうがいいぞ。」
「うん。」
ボクたちの騒動を見ていたらしい花屋のおばさんが、ちょうどいいタイミングで濡れタオルを持ってきてくれた。
「いったい何事?」
呆れ顔で差し出すおばさんからタオルを受け取り、ボクはまず顔をふき、そして血だらけの手をふいた。
「とにかく店のまん前に自転車二台も置かれたら邪魔じゃけぇ、隅に寄せといて。」
その時、ネコクイを追いかけていた俊二が戻って来た。
「だめだ、逃げられた!
そこの角を曲がったとたん、どこにもおらんようになった。」
「まあ、しょうがないよ。
子ネコは取り返せたんだから、ボクたちの勝ちだよ。」
「そうだな。」
ボクたち三人はとても満たされた気分になると同時に体中がくたくたなのにも気付き、その場にへたりこんでしまった。
喉はからからで、足も腕も腰もぱんぱんに張って、もう一歩も動けそうになかった。
「まさか、その子ネコたちを捨てにきたんじゃないだろうね?」
俊一の腕の中とボクの自転車のかごの中にいる子ネコを交互に見ながら、おばさんがきつい口調でとがめるように言った。
「ちがうよ!」
ボクたちは大きく首を横に振った。
「助けにきたんだよ!」
おばさんは疑り深そうな目つきのまま、ボクの手から汚れたタオルを取ると、店の中へと入って行った。
「まあいいわ。とにかく、こっちいらっしゃい。」
おばさんに誘われて中に入り、ボクたち三人は縁台に並んで腰かけ、冷たい麦茶を一杯ずつもらった。
喉にしみわたり、体全体が潤っていき、生き返る感じがした。
こんなにおいしい麦茶は生まれて初めてだった。
「もっと飲むかい。」
おばさんの言葉にボクたちは奪い合うようにしてお茶を飲み、ポットを空っぽにしてしまった。
「ミャー」という声がして、奥から大きなまっ白なネコが出てきた。
「あんたたちも喉が渇いたかい。」
おばさんは浅いお皿に水をくむと地面に置いた。
白ネコはぴちゃぴちゃ音をたてながらおいしそうに水を飲んでいる。
「ほら、子ネコたちにも飲ませてやりな。」
おばさんは水の入ったお皿をもう一枚用意してくれた。
「そのネコって・・・。」
ボクと俊一が子ネコに水を飲ませている後ろで俊二が言った。
「ああ、八年くらい前になるかねぇ?
このスーパーができてすぐの頃だったから。
誰かが店の前にあるバケツの中に捨てていったんだよ。三匹も。」
店の前のバケツって、今の状況とまったく同じじゃないか。
不思議な偶然もあるものだと、ボクは驚いた。
「そういえば、あの日も今日みたいに暑い日じゃった。
ああ、そうだよ!」
おばさんは急に思い出したのか、膝を大きく叩いた。
「おんなじじゃよ!
あの日もお盆の初日じゃったけぇ!
お供え用の花が売り切れて、空になったバケツを洗って外に干しておいたんだから。」
一つ思い出すと、次から次へと記憶の糸が手繰り寄せられるようで、おばさんは口早に続けた。
「そういえば、あの時もあんたたち来なかった?」
おばさんは、俊一と俊二の顔を交互に眺め、最後にボクの顔も見た。
「あんたたちそっくりの双子と、もう一人いた子も、あんたによく似てたよ。」
おばさんはボクを見たまま、不思議そうな顔をした。
「でも、よく考えりゃ、そんな事あるわけないねぇ。
あれは八年も前のこと。
あの子たちも、今はもう立派な大人になってるはずじゃけぇ。
おばけじゃあるまいし、いつまでも子どもなわけないけぇ。」
おばさんは自分の言ったことのばかばかしさに、自分でも呆れたように笑い出した。
ものすごくよくできた偶然だと思った。
この島では、東京では起こりえないことが、そこらじゅうに転がっているのかもしれない。
「そいつらも追いかけてたのかなぁ?」
ボクはひとり言のように呟いた。
「追いかけてた?
そうだねぇ。何かを追っかけてきたのかねぇ。
とにかく、今のあんたたちみたいに汗びっしょりになって、バケツの中の子ネコを見て喜んでたよ。」
水を飲む音につられたのか、奥から似たような白ネコがもう一匹出てきた。
「三匹全部いるの?」
「そうだよ。三匹とも家で飼ってるよ。」
「三匹も!」
ボクは驚きの声をあげた。
東京のマンションでは考えられないことだ。
でも三匹も飼っているのなら、もしかしたらボクたちの子ネコ三匹もまとめて面倒みてくれるかもしれない。
そう思ったのはボクだけではなかったようだ。
俊二が間髪いれずにきりだした。
「じゃあおばさん、この三匹も飼ってくれない。
オレたちが毎日交代で世話しにくるから。」
「お願いします、おばさん。」
俊一が深々と頭を下げた。
「ボクたちの家じゃ飼えないんです。
ごはんやおやつを残して持ってくるから、お願いします。」
「そうお願いされてもねぇ、家にはもう三匹もいるんだよ。」
「でもほら、気に入ってるみたい。」
俊一の言葉にネコたちの方を見ると、二番目に出てきた白ネコが横たわり、じゃれついてくる子ネコたちを一匹ずつつかまえては毛づくろいをしていた。
おばさんもボクたちもしばらく黙ってその姿を見ていた。
心が温かくなって、なんだかとても優しい気持ちになって、体の疲れなんて消えてしまった。
「そうだね、もう三匹、まとめて面倒みようかねぇ。」
おばさんの優しさに、ボクたちは飛び上がって喜んだ。
次回に続きます。
ちょっといたずらして花の精ごっこ
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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