冬に舞う桜

『冬に舞う桜』は雪国のよさこい祭りが舞台です。

 

こんにちは。

秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。

今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

【冬に舞う桜】

雪が舞っている。

暗闇の中、スポットライトに照らされ、自分自身の色ではない様々な色に姿を変えながら。

軽快な太鼓のリズムに合わせて風を操り、微かに空気を震わせる。

まるで一生に一度の晴れ舞台に立つかのように。

舞台そのものが天の川。

控えめに煌く雪の星たち。

体中を駆け巡る勇ましい掛け声。

力強く一心不乱に踊る男衆たち。

一瞬ライトが暗くなり、次の瞬間、天女が空から舞い降りてきた。

舞台の中心に若い女性が三人。

舞い上がる雪の中に突然姿を現し、しなやかに、艶かしく、舞う。

桜だ。

三人の中心に立ち、ひと際輝いているのは間違いなく桜。

遠目にもその姿は妖艶だった。

白いと言うよりも青く透き通った肌。

風にもてあそばれている柔らかな白い衣。

その中で唯一、薄笑みを浮かべた鋭角の唇だけが血を塗り付けたかのように真っ赤だった。

見る者すべてが、この世のものとは思えない不思議な魅力にうっとりと引き込まれてしまう。

きれいになったね、桜。

軽快だった太鼓のリズムが、桜の登場によって重厚さを持つ。

雪はまるで桜に操られているかのように、一定の規則性をもって上へ下へと舞い飛ぶ。

浮世離れした世界に誘い込まれた観客たちは、ため息をつくのも忘れて見入っていた。

 

この雪山祭りは毎年一回、雪が一番深くなるこの時期に開かれる。

雪の中で舞うという特別な、一種異世界で感じる陶酔感に魅入られた人々が日本中から集まってくる。

静かな山間の村が、この時だけ活気付く。

桜はこの近くの村で生まれたと言っていた。

初めて会ったのはちょうど一年前。

このお祭り会場で。

その時は私も踊り子だった。

初めての大舞台に緊張し、舞台袖でカチカチに固まっている私に声をかけてくれたのが桜だった。

「寒いね。」

私はうん、と頷いたけれど、本当は寒さなんて感じていなかった。

それくらい大勢の観客に怖気づいていた。

そんな私とは対照的に、落ち着き払って堂々としている桜のことを、私はなんの疑いもなく年上だと思い込んだ。

「がんばれ!」

私のチームの次に踊る桜は、私の肩を優しく押して舞台へと送り出してくれた。

風格のある笑顔で。

あの時の桜はねじり鉢巻きにはっぴ姿で、勢いのある踊りをしていた。

まさか一年でこんなにも艶っぽく、妖しげに踊れるようになっていたなんて。

「完全に私の負けね。」

 

一年前、桜は言った。

「完全に私の負けね。」

村にたった一軒だけの古ぼけたホテルのロビーで。

「あんたの踊り、すごかったよ! 私もあんな風に踊ってみたい。」

頬を真っ赤に上気させて興奮していた。

「あんたいったいいくつなの? あんなにしなやかに女らしく踊れるなんて。」

この時、桜も私も同時に驚いた。

同い年だったなんて!

「ねぇ、知ってる?」

桜は木枠の窓から外を眺め、言った。

「この道をずっとまっすぐ歩いて行くと私の村に着くんだ。

でもね、その途中で出るらしいんだ・・・、」

「ん?」

「あやかしが。」

「あやかし?」

私は怪訝な顔をしていたと思う。

日常の中では聞くことのない、不思議な響きを持ったその言葉に。

「そう。あやかし。」

桜の瞳は真剣そのものだった。

「なに? あやかしって。」

「決まってるじゃない。

こんな雪山であやかしって言ったら。」

「まさか・・・」

私は昔読んだおとぎ話を思い出し、背筋がぞっと寒くなるのを感じた。

「そう、雪女。」

怖ろしげに言い、私を震えあがらせた桜は、いたずらっ子のように満足気に笑った。

 

来年また会おうね。

私たちはそう約束して別れた。

「きっと私、あんたみたいに踊れるように頑張るから。」

雪の中、バスに乗り込む私に桜は手を振った。

私も桜に負けないように頑張るよ。

確かにあの時、バスに揺られながら心の中で誓ったはずだったのに。

私は諦めてしまった。

踊ることを。

LINE交換をした私たちは、それからしばらくの間はLINEでやりとりをした。

けれど、いつの頃だっただろう。

桜からの返事は来なくなった。

そう、あれはさくらの花が咲いたとメールした時。

「いいな。さくらの花って大好き。

なんてったって私自身だからね。

こっちはやっと雪が溶け始めたところ。」

その返事を最後に、桜からのLINEはぱったりと来なくなった。

それでも私は二、三回はLINEを送り続けたと思う。

けれど、桜からの返事は来なかった。

どうしたんだろうと思いながらも、

働きだして新生活を送り始めた私は、日々の忙しさの中に埋もれてしまい、

桜からも、踊りからも、徐々に離れていってしまった。

季節が移ろい寒くなるにつれ、雪山祭りでの冷たく張りつめた興奮が肌に蘇り、五感を刺激し、

私は再び桜のことを思い出すようになった。

来年また会おうね。

この約束が心の隅に引っかかっていた。

踊らなくてもいい。

桜にだけは会いに行こう。

今年はいつにない大雪で、私が予約していた飛行機も直前まで運航を見合わせていた。

けれど、離陸一時間前になって突然現地の雪が止んだ。

運良く私の乗る飛行機だけが飛ぶことができたのだ。

バスに乗り継ぎ、山間のあの村まで移動する間中、とても良い天気だった。

一面真っ白の世界に太陽の光が降り注ぎ、眩しいくらい。

それが一転、桜と別れたあのホテル前の停車場でバスがブレーキをかけるや否や、ちらちらと雪が舞い始めた。

「お客さんたちはよっぽど心掛けが良いとみえる。」

降車していく踊り子たちに、バスの運転手が話しかける。

「こんな大雪の年に、ここまでやって来れたってのは奇跡に近いよ。」

そう言っている間にも、どんどん雪はひどくなってくる。

運転手は少しつまらなさそうな顔をして、

「オレも今日はここで足止めだ。」

と呟いた。

「無理して行ったら、雪女に惚れられちまう。」

 

淡いピンクの照明に照らされた雪は、さくらの花びらのよう。

冬の花びらに囲まれ、桜の体が少しずつ浮かび上がっていく。

観客のどよめき。

激しかった太鼓の音が徐々に小さくなっていく。

舞台上の二人の女性が袖にはけ、ライトが消えると同時に空中に浮かんだ桜の姿も消えた。

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ただ白い雪だけが私たちの瞳に映る。

「約束、ちゃんと覚えてたんだね。」

突然、桜が私の背後に現れた。

「もちろんだよ。」

私は少し驚きながらも、桜に出会えた嬉しさを素直に言葉にした。

踊り終わった桜の頬はほんのりピンク色に上気していた。

もしかしたら、それは再び点されたライトのせいだったのかもしれない。

すべての演目が終わると、前も見えないほどの吹雪となった。

急いでホテルの中へと逃げ込む人混みの中、私は桜とはぐれてしまった。

それっきり、桜とは会えなかった。

 

帰りのバスの中、例の運転手が誰にともなく話すのを聞いた。

あやかしが出るという場所で、去年バスの転落事故があったという話を。

よく聞くと、それは桜からのメールが途絶えたのとちょうど同じ時期のことだった。

 

終わり

 

舞い散る桜と春の草花【秋田犬ぱたこ9カ月】

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

これまでの作品はこちらからどうぞ

たこ焼きぱたこの名前の魔法 第1話

リーフィーはボクの犬

誰が金魚を食べたの? 第1話

ベスの青いアサガオ 第1話

プリンス・ハエタロウ 第1話

チビの愛 第1話

ネコクイを追いかけろ! 第1話

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