煙突富士の見える坂 第1話

「煙突富士の見える坂」は、中学受験を控えて憂鬱な気分の少年とちょっと不思議なおじいさんとの交流物語です。

こんにちは。

秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。

今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

【第1話】

ボクがこの町に父さんの仕事の都合でやって来たのは二年前、小学四年の始業式を目前に控えた春休みのことだった。

この町で最初に知り合いになったのは、同じマンションに住んでいる小野だ。

小野はボクと同い年で、学校まで一緒に行ってくれるように母さんが頼んだのだ。

それ以来、ボクと小野は意気投合し、大の親友となった。

そして、二番目に出会ったのが、あのおじいさんなのである。

ただ毎朝通学途中に見かけるというだけで、特別に何の関わりもないのだけれど、ボクには何かひき付けられるものがあった。

そのおじいさんは、天気の良い日にはいつも古ぼけたアパート前の低いブロック塀に腰掛けていた。

遠くを見つめるぶどう色の瞳、灰色の髪。

深いしわの刻まれた手には、いつもステッキが握られていた。

おじいさんの存在はその場に不思議な空気をかもし出し、そこだけ、まるで時が止まっているかのようだった。

明らかに違う空気。

異次元の?

それとも異国の匂い?

ボクの町には大きな自動車工場があり、そこでは外国の人々が大勢働いていた。

だから、肌の色が黒くたって、瞳の色がブルーだって、誰も気にしたりはしない。

でも、そのおじいさんだけは違っていた。

ボクの目にだけそう映ったのか、

それとも全ての人がそう感じていたのか分からないけれど、

おじいさんはひっそりと目立っていた。

おじいさんの座っている場所は急な坂の上にあった。

街路樹の植わった歩道をボクは毎朝下って行く。

空気の澄んだ晴れた日には、目の前に日本一の富士山が誇らしげにそびえ立つ。

富士山の真ん前には自動車工場の高い煙突が立ち、白い煙を風にたなびかせ、富士山を二つに分けてしまっている。

それが富士の美観を損ねてしまっていると母さんは言うけれど、ボクはそうは思わない。

富士と煙突の煙はマッチしている。

この煙突富士こそがこの町の富士山なのだと思う。

おじいさんはその煙突富士をじっと眺めている。

おじいさんの遠くを見つめるぶどう色の瞳の先にあるのは、きっとあの煙突富士であると思う。

おじいさんは遠くを見つめているだけではない。

この上なく優しい笑顔で学校へと向かうボクたち小学生も見ている。

ボクは四年生の夏休み明け、思い切っておじいさんに声をかけてみた。

たった一言、「おはよう」って。

毎日ニコニコとボクたちを見守ってくれているおじいさんを他人には思えず、

挨拶をしないで通り過ぎることのほうが、何だか不自然に思えたからだ。

おじいさんは小さなしわがれた、けれど暖かい声で口ごもるように,

「おはよう」と言った。

とても嬉しそうな顔で。

 

ボクは先月六年生になった。

見るもの全てが真新しくて、無邪気にはしゃいでいた二年前のボクとは違う。

ボクは最近何だか疲れてしまっている。

相変わらず小野と冗談を言ったりしながら通学しているけれど、

前のように心からバカ笑いすることができなくなっていた。

心の奥で冷めた自分が、笑っている自分を冷静に観察している。

『何がそんなに面白いんだよ?

小野と話していて本当に楽しいのかよ。』

ボクをこんな気分にさせている原因は分かっている。

まもなくやって来る中学受験だ。

母さんにすすめられて、四年生の夏休みから塾に通っている。

私立の中学に行くと、大学までエスカレーター式で進学出来るし、

何より良い友達が出来ると母さんは言うのだ。

四年生の時、ボクはそれで納得した。

けれど、今は違う。

今、同じ教室で学んでいる六年二組の仲間だって良い友達だと思う。

それなのに、どうしてそれより良いものを求める必要があるのだろう。

それに、みんなが遊ぶ約束をしているのに、ボクだけ仲間に入れないのはもううんざりだ。

だから朝、小野と一緒に学校に行ったって話が合わない。

この前発売されたばかりのゲームソフトの話をされたって、ボクには全くチンプンカンプンだし、うらやましくなるだけで苦しい。

母さんにこのことを言っても全く分かってくれない。

「でもいいじゃない。

みんなが高校や大学受験で苦しんでいる時に、あなたは楽していられるんだもの。」

でも・・・。でも・・・。

苦しむんなら、みんなと同じ時のがいい。

みんなが遊んでいるのに、ボク一人勉強しなければならないって事は、ボクの苦しさを倍にする。

 

そよ風が心地よい朝、小野がエレベーターを降りてマンション前の道路にかけ出して来る。

「ごめん、ごめん。

待った?

昨日ゲームに夢中になっちゃってさ、

寝る前に宿題やってないことに気がついて大騒ぎ。

半分しか出来なかったから、あとでノート見せてくれる?」

「いいよ。」

マンション前の大きな交差点を渡るとすぐに坂道にさしかかる。

おじいさんは相変わらず座っている。

富士を見つめる時には懐かしそうに。

子供たちを見る時には優しく微笑んで。

 

第2話はこちらから↓↓↓

煙突富士の見える坂 第2話

要領の良過ぎる妹の横でウロウロするおじいちゃん大好きな秋田犬ぱたこ

 

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

これまでの作品はこちらからどうぞ

たこ焼きぱたこの名前の魔法 第1話

リーフィーはボクの犬

誰が金魚を食べたの? 第1話

ベスの青いアサガオ 第1話

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