煙突富士の見える坂 第2話

「煙突富士の見える坂」は、中学受験を控えて憂鬱な気分の少年とちょっと不思議なおじいさんとの交流物語です。

こんにちは。

秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。

今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

第1話はこちらからどうぞ

煙突富士の見える坂 第1話

 

【第2話】

「おはよう! おじいさん。」

小野が大声で挨拶する。

僕が挨拶するようになってから、自然に小野も挨拶するようになったのだ。

おじいさんは本当にこの場所に溶け込んでいるので、ここを通る人の半分くらいがおじいさんに挨拶をしている。

けれど、僕は挨拶をしない。

小野の陰に隠れるようにして足早におじいさんの前を通り過ぎる。

いつから挨拶しなくなったのか、僕ははっきり覚えている。

だんだんと疲れ始めて来た去年の九月。

夏休みにみんなはキャンプに行ったり、釣りに行ったり、海水浴に行ったりと毎週のように楽しいイベントがあるのに、僕のスケジュールといったら模試と塾通いと、お情け程度にプールが入るくらい。

やってられないよ。

中学に合格して先のことなんて今は考えられない。

楽しいことをみんな取り上げられて、ボクは抜けがらになりそうな気分だった。

何のために勉強しているのか分からない。

何のためにボクは生きてここに存在しているのだろう?

それは中学に合格して母さんを喜ばせるため?

ボクは挨拶をしない。

けれど、おじいさんは何もかも見透かしたように静かに微笑んで僕を見ていた。

 

目の前には今日も煙突富士が静かにたたずんでいる。

陽気が良くなるに従って、頭の雪化粧もだんだんと少なくなってきている。

煙突の煙はそよ風にあおられ、少し左側へとたなびいている。

坂道を下り、引瀬川を渡る短い橋へと差し掛かったとき、小野が口をきった。

「あのおじいさんさあ、毎日毎日飽きもせずにあそこに座ってるけど、何が楽しいのかなあ?」

「さあ? もう悟りひらいちゃってんじゃないの?」

ボクは冗談めかして言った。

「ホント、そうだよなあ。

そうじゃなきゃ毎日毎日、誰からも頼まれてないのに、あんなとこでじっとなんかしてらんないよな。」

「ウン。」

「何か他にやること無いのかなあ?」

浅い川面を二匹の鯉が水の流れに逆らって泳いでいる。

それは大変な事なのだろうか?

鯉の泳ぐ姿はとても優雅に見えるけれど、きっと自分自身の持てる力全てを出しきって頑張っているのだろう。

そんな事して何になるのだろう?

水の流れに身をまかせてしまったほうがずっと楽なのに。

「年とったらオレたちもあんな風になんのかなあ?」

珍しく小野が真面目な顔をしてつぶやいた。

「ナーンもやること無くなっちゃって、座ってるしか無くなっちゃうのかなあ?」

「そんなこと無いだろ。お年寄りみんながあんな風に座ってるわけじゃないんだから。」

ボクは自分でそう言いながらも、他のお年寄りはどうなのだろうと疑問に思った。

死を間近に控え、死を意識して、何かをやる気になどなれるものなのだろうか?

「そうだよな。座ってるだけだったら、生きてる意味ないもんな。

きっと年取ったって、オレたちには楽しいことがあるはずだよな。」

小野は心配がふっきれたように明るい声で言った。

「そうだ、そうだ。いつだって楽しまなきゃ、生きてる意味ないぞ!」

生きてる意味って何だろう?

いくら努力したって、いつかは死んでゼロに戻ってしまうのに。

そう思うと、何もかもむなしくなってしまう。

『それならいっそ生きるのを止める?』

そんなのは絶対にイヤだ。

この先、まだまだ楽しいことがたくさんあるかもしれないのに。

それならば、何もかも放り出して楽しいことだけやってみようか?

そうだ、中学受験なんて止めてしまおう。

今日帰ったら母さんに言おう。

ボクはもっと遊びたいんだって。

「ところでさあ、」

小野が大きくピッチングの身振りをしながら言った。

「今日の放課後、一組と野球の試合すんだけど、人数集まらなくってさあ。

オマエは無理だよなあ・・・、

ごめん、ごめん、勉強しなきゃなんないよな。」

「そんなことないさ。

ボクだってたまには気晴らししたいんだから。

それに、受験なんてもうやめようかと思ってたとこなんだ。

楽しくなくちゃ、生きてる意味ないもんな。」

小野はとても驚いた顔をした。

「何言ってんだよ、オマエ!

今さら受験やめるなんて、勉強のし過ぎで頭おかしくなったんじゃないの?

せっかくここまで頑張ってきたのに、バカなこと言うなよ。」

小野は必死になってボクを説得した。

けれど小野のその言葉で、ボクの意志はますます堅くなった。

「もういいかげんイヤになったんだよ。

私立の中学に行ったからって何になるんだよ。

そんないい所なら、小野、オマエは何で行かないんだよ?」

ボクのこの一言にさすがの小野も黙ってしまった。

「野球、どこでやんの?」

「校庭」

小野は口をとがらせ、ふてくされたようにつぶやいた。

 

次回に続きます。↓↓↓

煙突富士の見える坂 第3話

運動後は陸に打ち上げられた犬魚のようになる秋田犬姉妹

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

続きはこちらからどうぞ↓↓↓

煙突富士の見える坂 第3話

 

これまでの作品はこちらからどうぞ

たこ焼きぱたこの名前の魔法 第1話

リーフィーはボクの犬

誰が金魚を食べたの? 第1話

ベスの青いアサガオ 第1話

プリンス・ハエタロウ 第1話

チビの愛 第1話

ネコクイを追いかけろ! 第1話

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