煙突富士の見える坂 第3話

「煙突富士の見える坂」は、中学受験を控えて憂鬱な気分の少年とちょっと不思議なおじいさんとの交流物語です。

こんにちは。

秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。

今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

第2話がまだの方はこちらからどうぞ

煙突富士の見える坂 第2話

第1話はこちらからどうぞ

煙突富士の見える坂 第1話

 

【第3話】

放課後、ボクはグローブを取りに家に帰った。

帰ったら、受験をやめるって絶対母さんに言うんだ。

そう考えると少しドキドキする。

けれど、これから先に待っている楽しい毎日のことを思うと胸は期待でふくらみ、不安な気持ちはほとんど押し隠された。

母さんの顔を見たら、何も考えずにすぐに言うんだ。

母さんはどんな顔をするだろう?

そしてすぐにグローブを取り、校庭へ向かって駆け出すんだ。

それですべては終わり。

明日からはみんなと同じように遊べるんだ。

「ただいまー。」

玄関を開けると、そこには小野の母さんが立っていた。

「あらっ、けんちゃん、お帰りなさい。

どう? 勉強はかどってる?」

小野の母さんはボクの肩に手をかけ、励ますような口調で言った。

「おかえり。

塾に行くまでまだ少し時間あるでしょ。

学校の宿題済ませちゃいなさいね。」

母さんがたたみかけるようにボクに言う。

「うん。」

「えらいわねぇ、けんちゃんは。

うちの子とは大違い。

やっぱり出来の良い子は違うわねえ。」

小野の母さんのそんな言葉を背中に受け、ボクはさっきまでの元気をすっかり失ってしまっていた。

「そんな事ないわよ。」

と言いながらも、母さんはうれしそうに笑っている。

どうしよう。

受験やめるなんてやっぱり言えない。

ボクがそんな事を考え、玄関奥のキッチンで立ち尽くしていると、それに気付いた母さんがボクにはっぱをかけた。

「何してるの? 早くしなさいよ。」

「うん、でも・・・。」

ボクは言おうかどうか迷った。

「なに?」

「うん、野球の試合に行かなきゃならないんだ。」

ボクにはそれだけ言うのが精一杯だった。

「野球って、うちの子が誘ったんでしょ!

そうでしょ、けんちゃん。

ごめんなさいね。

うちの子にはおばさんからちゃんと言っておくから、けんちゃんは気にしないで勉強してちょうだい。

ほんとにごめんなさいね。」

小野の母さんはそれだけ一気にまくし立てると、さっさと帰ってしまった。

開かれた扉から湿った空気が流れこんできた。

「あらっ、いやだ。雨!」

母さんは洗濯物を取りこみにベランダへと走っていった。

窓の外を見ると、霧のような雨が視界を曇らせていた。

この分では今日の野球は中止だろう。

ボクはとてもホッとしていた。

「けんちゃん、宿題済ませなさいね。」

洗濯物を両腕いっぱいに抱えながら母さんがベランダから入ってきた。

「うん。」

「けんちゃんもやっぱり野球がやりたかったの?」

「うーん」

「でも、あと半年ちょっとだもの。我慢できるわよね。」

母さんはボクの返事など待たずに、洗濯物を和室へと運んで行ってしまった。

「あと半年ちょっとかあ。」

そうつぶやくと、ボクの口からは大きなため息がもれた。

「我慢するしかないのかなあ。」

 

翌朝、ボクはいつものようにマンション前で小野を待った。

「おはよう!」

いつものように小野がエレベーターから飛び出してくる。

「おはよう。」

「ごめんケンジ、オマエ昨日母さんから怒られただろ?

オレが野球に誘ったばっかりに、ホントごめんな。

今度からは気をつけるよ。」

小野は頭をかきながらすまなそうに言った。

こいつは正直で本当にいいやつなんだ。

ボクは自分のはっきりしない態度のせいで、小野にまでとばっちりを食わせてしまい、とてもいやな気分になった。

自分一人で悩むのならまだしも、親友までも巻き込んでしまうなんて、ボクはなんて情けない人間なんだろう。

もう何もかもがイヤになってきた。

「おはよう! おじいさん。」

今日もいつもの場所に座っているおじいさんに小野が声をかける。

「おはよう。あたた・・・。」

おじいさんの声はとても小さいので、歩きながらでは最後まではっきりと聞き取ることは出来ない。

けれど、きっと「暖かいね」と言ったのだろう。

ここのところ、本当に暖かくなって来ている。天気の良い日などは、長袖では汗ばむくらいだ。

雨に洗われた新緑がさわやかな風にそよぎ、すべての生き物が夏に向かって活動的になっているのに対し、ボクの心は沈んでいた。

 

放課後、家への道をボクは一人で歩いていた。小野や他の友達はみんな、昨日中止になった野球を今日やるといって学校に残ったからだ。

引瀬川を渡り、坂を登りきると、おじいさんはやっぱりそこにいた。

ボクはもんもんとした気持ちを吐き出すかのように、自分でも予想もしていなかった行動に出た。

「おじいさん、毎日ここで何してるの?」

おじいさんの横に座り込み、話しかけたのだ。

 

次回に続きます。↓↓↓

煙突富士の見える坂 第4話

雨降りは室内で暴れる秋田犬こむぎ

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

これまでの作品はこちらからどうぞ

たこ焼きぱたこの名前の魔法 第1話

リーフィーはボクの犬

誰が金魚を食べたの? 第1話

ベスの青いアサガオ 第1話

プリンス・ハエタロウ 第1話

チビの愛 第1話

ネコクイを追いかけろ! 第1話

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