煙突富士の見える坂 第4話
「煙突富士の見える坂」は、中学受験を控えて憂鬱な気分の少年とちょっと不思議なおじいさんとの交流物語です。
こんにちは。
秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。
今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
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【第4話】
おじいさんはべつだん驚いたふうもなく、「ハハハ」と小さく笑い、何も答えなかった。
「富士山を見ているの?
あの煙突で二つに分けられた。」
「そうさなあ。」
おじいさんは言った。
「ここにあるものみんなをな、見ているんだよ。」
とっても優しい、心の安らぐ口調だった。
おじいさんはもしかしたら人間じゃないのかな?
そんな思いがボクの頭をよぎるほど、心地よい響きだった。
翌朝、土曜日で学校は休みだったけれど、ボクはいつもの時間に「散歩に行く」と言って家を出た。
なぜだか分からないけれど、どうしてももう一度あのおじいさんと話したかったからだ。
マンションを出て信号を渡ると、すぐにおじいさんの姿が見える。
今日もやっぱりいつもの場所に座っている。
「おはよう、おじいさん。」
ここの所ずっとおじいさんにしていなかった挨拶をした。
「おはよう。」
おじいさんは、ボクにここに座れと言うように、体を少し横にずらした。
ボクは引き寄せられるようにおじいさんの横に座ると、しばらくの間、一緒にじっと煙突富士を眺めた。
いつもなら、風に流され斜線を描く煙が富士を二つに分けるはずなのに、今日は工場が休みなのか、富士は煙にはばまれることなく堂々と立っていた。
いつもと違う富士の姿に、ボクはなんだか落ち着かなかった。
「おじいさん、
昨日みんなを見ているって言ったけど、
みんなって、
ボクのことも?」
ボクはやっとの思いで口を開いた。
「ああ。」
「楽しいの?」
「ああ、楽しいさ。」
おじいさんは軽く笑いながら答えた。
「何がそんなに楽しいの?」
ボクは自分でもしつこいと思うくらいしつように質問した。
こんなことをおじいさんに問い詰めたってどうしようもないのに、
ボクはまるでおじいさんを責めるように続けた。
「毎日毎日、じっとここに座ってるだけで楽しいの?」
「ハハハ、楽しいさ。」
おじいさんはとても穏やかに笑うと、富士を見つめたまま続けた。
「こんなに楽しいことはないさ。
楽しそうにしている人を見た時には自分も楽しい気分になれる。
こんな楽しいことはない。」
「じゃあ、悲しい人を見た時には?」
「自分も悲しい気分になる。
こんなに悲しいことはないな。」
「じゃあ、幸せそうな人を見た時は?」
「幸せな気分に。」
「それじゃあ、ボクを見ると?」
ボクは自分でもとんでもない事を聞いてしまったと後悔した。
けれど、おじいさんは相変わらず富士を見つめたまま静かな口調で答えた。
「少し疲れた気分だ。」
「どうして?」
ボクは驚いて続けさまに聞いた。
すると、おじいさんはボクを驚かせることをさらに言った。
「もっとみんなと遊びたいから。」
ボクは声も出ないほど驚いて、おじいさんの顔を穴があくかと思われるくらいじっと見つめた。
「野球がやりたいんだろう?」
おじいさんは初めてボクのほうを向いて尋ねた。
おじいさんのしわだらけの顔の中にうずもれた小さな瞳。
ボクはそのぶどう色の瞳の中に吸い込まれていくような不思議な錯覚に襲われた。
「うん。
ゲームもやりたい。
みんなと一緒にバカ言って、
一日中ふざけてたい。」
「そうだろ、、、そうだろ。」
おじいさんは手に握っているステッキをほんの少し動かすと、コンクリートの地面に軽くコツンと打ち付けた。
すると、まるでおじいさんの魔法にかかってしまったかのように、ボクの目からは次から次へと涙があふれ出してきて止まらなくなってしまった。
ボクは泣いた。
けれど、おじいさんは驚いたり困ったりする風もなく、ボクの泣き声に合わせてリズムでも取るかのように、
「そうだろ、、、そうだろ」
とつぶやいていた。
ボクはその響きに、なぜだか無性に泣いた。
体中の水分を涙として全部流してしまい、干からびてしまうのではないかと思うくらい泣いた。
どのくらい泣いただろう?
あまりに泣きすぎて、顔中が痛く、体も疲れきってしまった。
けれど、気分はとてもすっきりとしていた。
涙と一緒に、自分のいやな思いをみんな流してしまったかのように心が軽くなっていた。
次回に続きます。↓↓↓
ヒヅメよりも牛タン皮よりも猫じゃらし用ネズミの詰め合わせが一番気になる秋田犬ぱたこ
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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