煙突富士の見える坂 第5話

「煙突富士の見える坂」は、中学受験を控えて憂鬱な気分の少年とちょっと不思議なおじいさんとの交流物語です。

こんにちは。

秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。

今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

第4話がまだの方はこちらからどうぞ

煙突富士の見える坂 第4話

第1話はこちらからどうぞ

煙突富士の見える坂 第1話

 

【第5話】

ボクはおじいさんのほうをちらっと見ると、照れ隠しに言った。

「人間って、何のために生きてるんだろうね?」

「さあなあ。」

「おじいさんは何のために生きてるの?」

「うーん・・・。

死ぬためかな。」

「えーっ!  死ぬため?」

あまりに突拍子のない答えに、ボクはおじいさんが冗談を言っているのかと思った。

けれど、おじいさんの顔からはいつもの微笑みが消え、真剣そのものだった。

「死ぬために生きてるんだったら、今死んじゃえばそれで終わりじゃない。」

「そうだよ。

わしはもう何も思い残すことはない。

ただあと一つ、故郷の国で死にたいというのが最後の望みなんじゃ。

息子がいつか連れて行ってくれる。

険しい山々に囲まれ、雪に埋もれた懐かしい国に。

それまでは、あの富士を見ては遠い故郷に思いをはせているというわけさ。」

「ふーん。」

ボクはほんの少しだけ雪をかぶった富士を見つめながら、おじいさんの故郷の大自然を想像してみた。

「君は自分のことが好きかな?」

おじいさんの顔には、またいつもの静かでこの上なく優しい笑みが戻っていた。

「あんまり。」

「人間は自分のことが好きで、自分に充分満足できるようになるまでは死ぬことを考えてはいけないんじゃ。

自分のことを嫌いなまま死ぬ。

それほど不幸なことはない。」

「うん。」

ボクはなんとなく分かるような気がした。

「だから、人間は自分のことを好きになるために勉強したり、いろんな努力をしたりするのさ。

死ぬときに自分に満足して死ねること、それこそが人間の幸せと言うものだよ。」

おじいさんの言葉はボクの心に染み渡った。

中学に行くために勉強するんじゃないんだ。

満足できる自分になるために勉強するんだ。

ボクはこの時、とても素直にそう考えられた。

ぶどう色の瞳のおじいさんと一緒に古ぼけたアパートの前のブロック塀に座り、じっと煙突富士を眺めていると、あたりの風景がぼやけ、一面雪で覆われた白銀の山々を野生の動物たちが駆け抜けていくような錯覚に襲われた。

ボクも行ってみたいな。

「ほら、見てごらん。わしの息子だ。」

おじいさんはポケットから古びた写真を一枚取り出すと、ボクに手渡した。

白黒の写真には、兵隊姿の男の人と小さな男の子が写っていた。

きっと、兵隊さんがおじいさんで、男の子が息子さんなのだろう。

「早く行けるといいね。雪がいっぱいの故郷に。」

「ああ。もうすぐ息子が連れて行ってくれる。」

おじいさんは嬉しそうに、富士を眺めたままうなづいた。

「おじいさん、行ってくるからね。」

その時、作業着姿に手提げ鞄を持ったおばさんがボクたちの前に現れた。

ボクが手にしている写真に目をやると、おばさんは明らかに肩を落とし、大きなため息をひとつもらした。

「しょうがないわねえ、またこんな物持ち出したりして。」

おばさんの呆れ果てて困った顔など全く気にもとめず、おじいさんは穏やかな顔でじっと遠くを見つめている。

「ごめんなさいね。おじいさんが変な話を聞かせたでしょう?」

おじいさんの娘と名乗ったそのおばさんは、苦笑いを浮かべながらボクに向かって言った。

「いいえ、そんな事ないです。」

「息子が故郷の雪国に連れて行ってくれるとか何とかって言ってなかった?」

「そうですけど・・・。違うんですか?」

「そう、違うのよ。

おじいさん、普段はしっかりしてるんだけど、そこのところだけがおかしくなっちゃって・・・。

何度言っても分からないの。」

ボクにはおばさんの言っている事の意味がよく飲み込めなかった。

ボクのそんな表情を読み取ったおばさんは、話を続けた。

 

次回に続きます。↓↓↓

煙突富士の見える坂 第6話(最終話)

 

降り積もった雪を見ても雪国の犬の血が騒がない秋田犬こむぎ

 

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

これまでの作品はこちらからどうぞ

たこ焼きぱたこの名前の魔法 第1話

リーフィーはボクの犬

誰が金魚を食べたの? 第1話

ベスの青いアサガオ 第1話

プリンス・ハエタロウ 第1話

チビの愛 第1話

ネコクイを追いかけろ! 第1話

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