パッチワーク 第2話
『パッチワーク』は、おばあちゃんが夢中になって作っていた未完成のパッチワークによって、大きな愛に気づかされる少年の物語です。
こんにちは。
秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。
今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
第1話はこちらからどうぞ
【第2話】
パジャマの上にジャンパーを一枚はおっただけのオレが
救命救急の待合室で一人寂しく座っていると、すぐに母さんがやってきた。
「どう? おばあちゃん。」
駐車場から走ってきたのだろう。
息をきらしている。
母さんの顔を見たとたん、張りつめていた緊張の糸が切れて体が震えだした。
「わかんない。」
体の震えを止められず、オレはそう答えるのがやっとだった。
マスクを借りて、母さんと一緒にばあちゃんのベッドの横まで行った。
ばあちゃんはやっぱり目をぎょろつかせていた。
さっきと違うのは、首をしきりに動かしていること。
スムーズな動きじゃなくて、まるでロボットみたいなぎこちない動き。
なんか、怖かった。
そこにいるのは、オレの知っているばあちゃんじゃなかった。
一緒にテレビを見て笑ったり、
オレのことをうるさいくらい心配してくれたばあちゃんはそこにはいない。
消えてしまった。
もう会えないのかな、と思うと、
悲しくて、ばあちゃんを見ていることができなくなってしまった。
別人になってしまったばあちゃんの顔が瞼の裏に焼きついて、
なんだか昨日の夜はよく眠れなかった。
ばあちゃんが倒れた原因は、脳の血管が詰まってしまったからだった。
二、三日は容態が急変する可能性がある、とお医者さんが言っていた。
「容態の急変」って何?
死んじゃうってこと?
怖くて誰にも聞けなかった。
今日は土曜日。
昼飯が済むと、父さんと母さんとじいちゃんは揃ってばあちゃんに会いに病院へと行った。
オレも当然行くものとみんなが思ってたけれど、
オレはかたくなに行くのを拒んだ。
ばあちゃんを見るのが怖かった。
人間が一瞬にしてあんなにも変わってしまうなんて、オレには信じられなかった。
家に一人でいるとものすごく静かだ。
鳩時計の重りが左右に動くカチカチという音がやたら響いている。
父さんと母さんが仕事で家にいなくても、
じいちゃんが出かけてしまっても、
ばあちゃんだけはいつも家にいた。
いつもそこにいたのに、いなくなってしまった。
ばあちゃんのいない家はひんやりしている。
いつもと違う雰囲気をピーチも感じとったのか、
オレの足元にすり寄ってきた。
いつもなら暖かい場所で寝てばかりいるのに。
安心して寝てられないのかもしれない。
おまえもさみしいよな。
オレはピーチを抱いてやった。
小さなピーチをぎゅっと抱きしめて、ふわふわの毛に顔をうずめると、
自然に涙があふれてきた。
ひとしきり泣いたあと、ピーチを連れて散歩に出ることにした。
家の中にいるのは、ばあちゃんを思い出してつらいから。
ピーチは喜んで家を出発したけれど、五分もすると疲れて座り込んでしまった。
上を向いて、つぶらな瞳でオレをじっと見つめる。
「なんだよ、ピーチ。もう歩けないのかよ。」
よく考えてみると、中学に入ってからというもの、
オレはピーチを散歩に連れてきたことがなかった。
部活だとかテストだとか、自分のことだけで精一杯だった。
小学生のころはばあちゃんと一緒によくピーチの散歩にきたよな。
年とったなとは思ってたけれど、
今、一緒に歩いてみて強くそれを実感した。
「もうちょっと頑張って歩いてみろよ。」
リードを軽く引っぱってみるけれど、ピーチは立ち上がろうともしない。
甘えた声で「クウン」と一声鳴き、オレの言うことなんて聞く気がないようだった。
「まあ、十五年間自由に生きてきたんだからな。
今さらオレの言うことなんて聞けないよな。」
しかたなくピーチを抱き上げ、当てもなく歩き続けた。
足のむくままに歩いていただけなのに、
気がつくとばあちゃんが入院している病院の前まで来てしまっていた。
「なにやってんだろうな、オレ。」
腕の中におとなしくおさまっているピーチに言うともなく呟いた。
ここまで来てしまったけれど、中に入る勇気はなかった。
目をぎょろつかせるばあちゃんの顔を思い出すと、悲しくて怖ろしかった。
その場に突っ立っていると、ふいに心地良い風が頬をなでた。
けんちゃん、
と聞きなれた柔らかい声で呼ばれたような気がして振り向くと、
まぶしい光が目に飛びこんできた。
目をしぱしぱさせていると、そこにばあちゃんの姿が現れた。
ベッドで目をぎょろぎょろさせて寝ているものだとばかり思っていたばあちゃんが、すぐ目の前に立っている。
それもにこにこ笑いながら。
暖かい太陽の光を背に立つばあちゃんは、いつものばあちゃんとまったく変わらなく見えた。
「ばあちゃん! もう良くなったの?」
ピーチも嬉しそうにしっぽを振っている。
いつもと変わらないばあちゃんの様子に、オレは心底ほっとした。
「よかった。」
ばあちゃんはオレの腕に抱かれているピーチの頭を心配そうな顔でなでた。
オレはばあちゃんが倒れる前に言っていた言葉を思い出した。
ピーチ、昨日からごはんを食べてないんだよ、って。
「ピーチのこと、心配なの?」
けれど、ばあちゃんは悲しそうな顔をして首を横に振った。
「なに? 他になんか心配なこと、あるの?」
ばあちゃんはオレの目をじっと見つめるだけで、何も言わない。
「大丈夫だよ。ピーチはオレが獣医さんにつれて行くから。」
ばあちゃんが安心できるように、オレは胸をはって言った。
「だから、ベッドにもどれよ。まだ寝てたほうがいいって。」
オレは腕の中のピーチに目をやり、頭をなでた。
パッチワーク、
とばあちゃんが言ったような気がした。
顔を上げると、ばあちゃんの姿は映写機の映像のように薄くなって、
そして消えてしまった。
オレはしばらくの間、動くことができなかった。
体が固まってしまっている。
今のはなに?
ばあちゃんの霊?
ということは、ばあちゃんは死んじゃったってこと?
胸の奥がざわざわする。
オレは救命救急の入り口にむかって全速力で走った。
次回に続きます。
例年より多い薬を飲んだ気怠い午後
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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