パッチワーク 第3話
『パッチワーク』は、おばあちゃんが夢中になって作っていた未完成のパッチワークによって、大きな愛に気づかされる少年の物語です。
こんにちは。
秋田犬と暮らして24年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。
今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
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【第3話】
「ちょっと、犬を連れて入っちゃだめよ!」
救命救急の入り口にかけこむと、看護師さんに腕をつかまれた。
「大変なんです!
早くばあちゃんのところに行かないと。」
「いくら大変でも犬はだめなの。」
「じゃあ、ちょっとでいいです。ピーチ、あずかってください。」
オレは看護師さんにピーチを差し出した。
看護師さんは困った顔をして、
そして強く首を横にふった。
「ここは病院よ。
しかも重症の人が運ばれてくる救命救急。
一度家に帰って、犬をおいてらっしゃい。」
そんな押し問答をしていると、タイミング良く慌てた様子で母さんが姿を現した。
オレを見つけると、怖い顔で怒鳴った。
「けん、どこ行ってたの! 何回も家に電話したのよ。
おばあちゃん、危篤なのよ。」
「やっぱり・・・。」
オレは地の底につき落とされたような気分になった。
「やっぱりってなに?
とにかく、早くおばあちゃんのところに来て。」
「でも、ピーチをつれて入っちゃだめだって、看護師さんが。」
「あたりまえじゃない。なんでピーチまでつれてきたの。」
「だって、さみしそうだったし。」
「まあそんなことはいいわ。
早く行きなさい。
ピーチは車の中に入れておくから。」
「うん。」
オレは母さんにピーチを渡し、ばあちゃんのところへと急いだ。
ベッドの脇には、ばあちゃんを覗き込むようにして父さんとじいちゃんが立っていた。
マスクで顔半分が隠れているけれど、心配そうな表情をしていることはわかった。
体のいろんなところにチューブをつながれ、ばあちゃんは目を閉じていた。
まったく動かず、息をしているのかどうかさえもわからない。
三十分くらい前からこんな様子なんだ、と父さんが小さな声で教えてくれた。
「ばあさん、けんちゃんが来てくれたぞ。」
じいちゃんがばあちゃんの耳元に顔を近づけて言った。
悲しみのこもった声だった。
涙を必死にこらえているのがオレにもわかる。
「ばあちゃん。」
オレは目を閉じたままのばあちゃんに話しかけた。
「ばあちゃん、オレもうわがまま言わないから、、、
死なないで。」
じいちゃんがたまらずに、すすり泣き始めた。
「元気になってよ。
またピーチの散歩に一緒に行こうよ。」
オレもたまらずに、涙があふれてきた。
「ばあちゃん、
昨日は、
ごめん。」
涙でとぎれとぎれになりながらも、それだけは言った。
今言っておかないと、一生後悔することになると思ったから。
「目、開けてよ。」
ばあちゃんに顔を近づけ、声にならない声でお願いするように言った。
するとオレの願いが通じたのか、ばあちゃんの顔がほんの少し、しかめるようにゆっくりと動いた。
みんな驚いて、口々にばあちゃんの名前を呼んだ。
ばあちゃんは、まるでスローモーションのように少しずつ、少しずつ、まぶたを上げ、目を開いた。
そして、その瞳にオレたちの姿が映ったことを証明するかのように、うす笑みを浮かべた。
「ばあさん!」
じいちゃんが泣きくずれた。
「ばあちゃん! わかる?」
ばあちゃんはぎこちなくうなづいた。
「ばあちゃん、さっきオレんとこ来ただろ。
約束通りオレ、今からすぐピーチ、病院につれていくから。安心して。」
そう言って立ち上がろうとすると、
ばあちゃんが引き止めるようにほんの少し手を上げた。
顔をのぞきこむと、ゆっくりと口を動かす。
声にはならないけれど、オレにはわかった。
「パッチワーク」
たしかにばあちゃんはそう言った。
「パッチワーク?」
ばあちゃんは弱々しくうなづいて、
そしてゆっくりと目を閉じてしまった。
その目がもう二度と開かないということは、
じいちゃんたちの取り乱しようからオレにもわかった。
昨日の昼まではあんなに元気だったのに。
なんでだよ? ばあちゃん!
ばあちゃんは、もういない。
お葬式の日を境に、ばあちゃんはオレたちの前から姿を消してしまった。
もう写真でしかばあちゃんに会うことはできない。
それでも、オレは約束通りピーチを獣医さんに連れていくことにした。
ばあちゃんとした最後の約束だから。
少しでも早く獣医さんに行って、
ピーチはなんともない、元気だよ、
と、ばあちゃんが安心して天国に行けるように報告してあげたかった。
けれど、獣医さんに行って診察してもらった結果は、オレが期待していたものとは違った。
「かわいそうだけど、もう寿命なんだよ。」
そう言って獣医さんは栄養をつけるための注射を一本うってくれた。
あとは、ピーチが喜んで食べる物をなんでも食べさせてあげて。少しでも食べれば、それだけ長生きできるから。
そう言って、悲しそうな目をしてピーチの体を優しくなでてくれた。
オレが家のドアを開けると、ピーチはのそのそと中へと入り、自分のクッションの上で丸くなってすぐに眠ってしまった。
オレはばあちゃんの定位置であるソファーに座り、完成まぎわのパッチワークをテーブルの上に広げてみた。
ばあちゃんが最後まで気にしていたパッチワーク。
こんなものに何の意味があるんだろう。
作品展に間に合わせようと根をつめるからこんなことになってしまったんじゃないか、と思う。
パッチワークになんか夢中になるから、病気になってしまったんだ。
「こんなもの!」
と、投げ捨てようとつかんだとき、オレは手の先にある文字を見つけた。
息が止まりそうだった。
ドキドキと大きく波打つ鼓動を抑え、すぐ脇にある裁縫箱を開けてみる。
すると、『N』の形をした布きれが出てきた。
「これだ。」
手のひらにすっぽりと納まってしまうほどの小さな布切れを手に、
オレは潤んできた目から、涙がこぼれ落ちないように必死に歯を食いしばった。
だいたいの予想はついていたんだ。
広げたパッチワークに縫いつけられていた『KE』の文字。
そこに『N』を付け足せば『KEN』になる。
『けん』
オレの名前だ。
涙を必死にこらえていたけれど、
でも、『N』の下からでてきた小さな紙を見たとたん、
オレはもう我慢しきれなくなってしまった。
作品の題名が書かれたピンクの厚紙。
『大好きなケンちゃん いい夢見てね』
ばあちゃんの字でそう書かれていた。
次回に続きます。
【狂犬病】獣医さんまでのドライブを楽しむ姉と震えが止まらない秋田犬こむぎ
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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