チビの愛 第4話

「チビの愛」は昭和が舞台の、母犬の愛情物語です。

私自身の幼少期の思い出をもとに創作しました。

こんにちは。

秋田犬と暮らして23年、2頭の秋田犬を天国に見送り、現在2頭の秋田犬、虎毛の『ぱたこ』と赤毛の『こむぎ』との日々を楽しんでいるぱたこ母です。

今回も最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

 

第3話がまだの方はこちらからどうぞ

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チビの愛 第3話

 

【 第4話 】

(病気になったチビ)

数年後、チビは体調を崩した。

悪い病気に侵されているのか、毛並みの艶は無くなり、体の肉も落ちてしまって、誰の目にもやつれて見えた。

アヤとミチとクロが隣の空き地で遊ぶ時にも、重い足を引きずるようにして塀のところまで来るのがやっとの事だった。

そして、年老いた母がそうするようにその場に座り込み、三人の姿をじっと見つめているだけだった。

けれど、三人が楽しそうに遊ぶ姿を眺めるそのひとときが、チビにとっては至福の時であるようだった。

三人は夢中で遊びながらも、時々チビのもとへと戻って来た。

きれいな形をした石や、香りの良い花などを摘んで、ミチがチビの前に置いた。

「やめて、ミチ! お供えみたい。」

アヤが笑いながら言った。

「いいの! チビは喜んでるんだから。ねっ! チビ。」

ミチは昔のように、チビの首に手を回して自分の体重をかけたりはしない。

弱々しいチビをいたわるように顔を近づけ、優しく両手で頬を包み込みながら撫でてやった。

「チビ、どうしちゃったんだろうね。元気になれるといいね。」

ミチはチビに心配そうに語りかけた。

アヤはねこじゃらしをクロの鼻の前でくるくる回しながら、

「大丈夫よ。」

と答えた。

チビは三人に囲まれ、とても幸福そうな瞳をしていた。

楽しい時は早く過ぎるもので、日は西に傾き始めていた。

チビは全身の力を振り絞ってゆっくりと立ち上がり、皆の顔を順番に見て、

「さあ、帰りましょう。私の可愛い子どもたち。」

とでも言うように、向きを変えて家へと向かった。

クロが尖った鼻先を天に向け、遠吠えをする。

「ウオーン!」

遠くから電車が走って来るのが見えた。

 

日毎に衰えてゆくチビの姿に、主人は、

「チビはもう子犬は産めないだろう。」

と、チビにクロ以外の母親になる事を止めさせた。

けれど、当然クロは出産を続けるわけで、初めてクロのみが出産をした時、チビはクロの子犬を欲しがって鳴いた。

クロの小屋から産まれて間もない子犬たちのか細い鳴き声が漏れてくる度に、

自分が子犬たちと引き離された最初の夜のように、

或いはそれよりももの悲しいすすり泣きのような声で鳴いた。

来る日も来る日も、チビは子犬たちの愛しい鳴き声に悶えた。

声は聞こえてくるのに、自分の胸には一匹も子犬がいない。

頬摺りしたいのに、その姿を見る事さえ出来ない。

胸が切なくシクシク痛み、誰よりも子犬たちを愛したチビには生き地獄のような日々だった。

チビは子犬を欲するあまりノイローゼのようになり、すっかり衰弱しきって、小屋から一歩も出て来ないようになってしまった。

クロの子犬たちの中には、アイヌ犬としては人気のない、母犬のクロにそっくりな真っ黒な毛並みの子犬が一匹だけいた。

この子犬もやはり母犬と同じように一番発育が良く、丸々と太っていた。

「この黒い子犬はどうせ売り物にはならないから。」

とチビを哀れに思った主人は、その子犬をチビの胸に抱かせてやった。

チビの乳房から乳が出るはずもなく、最悪の場合、子犬は死んでしまうかもしれない。

そんな主人の思案などよそに、淀んでいたチビの瞳は輝いた。

チビは体を横たえたまま、やっとの事で首をもたげ、鼻先で子犬を自分の胸にしっかり寄り添わせて乳房を吸わせた。

愛しくてしょうがない様子で、一日中子犬の体をなめ回していた。

夕飯を貰うと、チビは危なげな足取りで久し振りに小屋から出て来て、一粒も残さずきれいに平らげてしまった。

それまでは食欲も無く、奥さんが手のひらにすくってくれる肉や魚を、ほんの一口か二口食べるのがやっとであったのに、

子犬を与えられた途端にチビは生気を取り戻したのだ。

ご飯を急いで食べ終えると、チビはすぐに大切なたった一匹の子犬のもとに戻り、乳房をくわえさせた。

出るはずもない乳房をくわえさせる健気な姿に、奥さんはチビが哀れで涙ぐんだ。

アヤもミチもチビと子犬の事が心配で、何度も犬小屋を覗きに行った。

ミチは遠慮なくチビの頭を撫でた。

「良かったねえ、チビ。また赤ちゃんができて。」

そんなミチの純粋な呑気さとは対照的に、アヤは深刻にこの状況を受け止めていた。

自分一人の体を保つだけでも、今のチビにはとても大変な事なのである。

それを赤ちゃんの面倒まで見るなんて、どんなにチビの負担になっていることか。

いくらチビが赤ちゃんを欲しがって鳴こうが、チビに赤ちゃんを抱かせるべきではなかったとアヤは思っていた。

アヤは恐ろしかったのだ。

これ以上チビの衰えて行く姿を目にすることが。

これまでずっと傍にいて、それが当然と思っていた大きな存在が消え去ってしまうかもしれないという事が。

「チビ、無理しないでよ。チビの体が一番大切なんだからね。」

そう言うアヤの瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

 

第5話(最終話)に続きます。

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チビの愛 第5話(最終話)

子育ては大変ですが、いったん母になると決めたらその愛情のかけ方には頭が下がります!

今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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